7歳の心の温もり


これは今でははっきりと記憶もない小学校1年生のときの話。
今と変わらず桜が咲き誇り、ピカピカのランドセルに胸を躍らされていたあの頃。


僕の実家は公団の4階にある。
小学校の入学式の少し前、家の真下の1階にとある家族が引っ越してきた。
その家族の中に、僕と同い年の小柄な女の子がいた。
大事に育てられたお嬢さんっていう感じで、男3人兄弟の自分にとっては少し世界が違う気がした。


ヤンチャな年頃のその頃、近所に住む友達や弟と毎日たわいのない遊びに没頭する毎日であった。
もちろんその女の子ともすぐに友達にはなったが、特に仲良いわけでもなかった。


そして小学校が始まり、その娘と同じクラスになった。
学校でも近所の広場でも顔をあわせるようになり、しばしば遊ぶことも少なくなかった。
もちろん家族ぐるみの付き合いも相まって、家に遊びに行くこともあった。
ドッチボール・初めての授業・遠い地域の新鮮な友達、記憶は定かではないが、毎日必死に遊んでいた。

家が一緒ということもあって、時間が合えば一緒に登校するようにもなった。
7歳やそこらのことである。
女の子に対する意識など持ち合わせてるはずもなく、至極自然な話である。
わざわざ待っててくれることもあった。
自分といえば女の子とばっかり仲良くするのに少し抵抗のあるお年頃で、近所では遊びこそすれど学校では他の友達と仲良くしていた。


そうして1年程が過ぎた寒い冬に、その家族が急に東京に引越しすることになった。
そんなとき、通常学校ではお別れ会みたいなものが催される。
引越しの経験が皆無な自分は見送る一方で、みんなにお別れ会をしてもらう人が羨ましかった。
それだけが理由で引越しとかしてみたいとずっと思ってた。


引越しの手伝いまでしたかどうかは覚えてないが、最後は車で出発するのを見送った。
ものすごく悲しそうな顔をするその娘に対して何も感じなかった。
そのときに好き的なことを言われた
僕はどうしていいかわからず、7歳の自分にそんなマセた感情があるはずもなく、照れとか色んな感情から


「知らん!」
「また遊ぼな!」
「元気でな!」


そんなことしか言っていない記憶がある。
その居心地の悪い、経験したことのない変な感じからとにかく一刻も早く逃げ出したかった。
そんなこんなでその娘は遠い遠い街へと去っていった。


そしてその家族が抜けた一階の部屋には冬の厳しい寒さだけが残った。
僕は他の友達とひたすら遊ぶ毎日、それまでとなんら変化はなかった。


それからしばらくして、僕宛てに一通の手紙が届いた。
その娘からだった。
その頃に手紙をやり取りする習慣なんてなく、手紙というもの自体に戸惑った。


中には、自分の字で気持ちを綴った便箋と20円ガムの当たりくじが入っていた。


恥ずかしさ、照れ、よくわからない変な感情を、一緒に手紙を読んでいた親に対して虚勢を張った怒りという形で表現するしかなかった。
「そんなん知らん」
冷やかされたりするのがものすごく嫌だったから、手紙の話はもうしたくなかった。


しかし興奮が落ち着くと、自分の中に確実に変なぬくもり、モヤモヤが芽生えていることに気がついた。
何やこの感じ。
友達には決して言えないけど、何か引っかかる。
自分にはどうしたらいいかわからないし、どうすることもできない。
もうちょっと仲良く遊んだらよかった。
小学1年生の僕には早すぎる感情、自分でも理解できるはずもなく、、、
ただ自分の未熟な心に微妙な温かさを残していったことだけは確かだった。


それから時間がたつとそんなことを考えることはなくなった。
手紙を返信したかどうかは覚えていない。


ただ、そのガムの当たりくじは、交換せずに大切に机の中にしまっていた。
今ではどこにあるかわからないが、探せばどこかにあるのかもしれない。




17年ほどたった今、万が一、街ですれ違ったとしてもお互い気付くことはないであろう。
しかし、テレビ番組の再会のコーナーに出演するとしたら間違いなくその人を選ぶだろう。
どこにいて何をしているのか、もはや知る術はない。
仮に会ったとしても、話す思い出もなければ向こうが覚えているという保証もない。


まだまだ身も心も幼い自分に、その頃はよく分からない初めての温かい感情をほんの少しだけ残してくれたあの娘はどんな人生を送っているのか、24歳になった今でもふと思う今日この頃である。